なにげない日記(抜粋) 1999年9月

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 1999年7月・8月 /  1999年10月


9/1(水)
 毎日だらだらと伴奏譜ばかり見ていて指がなまってしまった。で、自分の曲を久し振りにちょっとマジに練習した。
 バッハの平均律とリスト。
 ある程度、しっかり練習するとスポーツの後のような爽快感がある。といってもわかめはスポーツは全くダメだけどな。でも、そういった身体を使ったっていう感じの充実感があるということ。わかめがピアノを弾くことが好きなのはこの爽快感のためだと思う。芸術というより運動として好きなのだ。これはちょっと困ったことかも。でも、好きなものは好きなんだからしょうがないよな。
 もちろんピアノの音は好きだよ。ってフォローになってない?

 夜、伴奏の楽譜をスケッチブックに貼った。とりあえず、採用決定の8曲だけね。しかし伴奏者がみんなこういうことをすると思ってもらっては困る。わかめは職業として伴奏をしているわけではないので(つまりバイトってこと)単に慣れていないのだ。慣れている方々は、いちいちスケッチブックになんて貼らないと思う。でも、わかめにはこの方法が一番合っている。なんたって曲数が多いので、コピーのままだと、わかめはどこに何があるのか全くわからない状態に陥ってしまうからな。
 で、4ページまでの楽譜は広げて見られるように見開きに貼る。グランドピアノの譜面台に一度に載るのは最大5ページ(縮小コピーしない場合)、見やすさからいうと4ページだ。なので、途中で譜めくりなんて器用なことができないわかめは、6ページ以上の曲は切り張りしなければならない。これが面倒。
 実際に仕事で演奏している時間は僅かなのに、その裏で、楽譜の切り張りから、練習、伴奏合わせと、結構時間がかかっている。頂くお金は少しなのにな。まあ、2度目からはグッと楽になるけどね。


9/2(木)
 結局、伴奏は、9曲採用5曲不採用にした。伴奏合わせの時に、何を弾くことになるかちゃんと決まるだろう。前にやっていた曲もあるから、充分足りると思う。


9/3(金)
 今日は少し真面目にこのHPでわかめがやりたいと思っていることなど、書いてみたい。あくまでも、現時点で、ってことですが。

 わかめは自分のことをいい先生だと思っている訳ではない。もちろんいい先生であろうと努力はしているけど、まあ、わかめも人間だからね、完璧ということはありえない。先生の選び方でも書いたが、いい先生というのはこれだ、と一言では言えないし、立派な先生でも生徒が望んでいることを100%満たしてくれるということは、なかなかないと思う。
 だから、上手くなりたくて練習も一生懸命にしているんだけどどうもイマイチだ、という人に、こんな風に感じてみたら? こういう風に練習してみたら? もっと自覚して! 意識して! 認識して! と提案できたら、練習方法を見なおすきっかけにしてもらえるかもしれないと思ったわけだ。
 円柱は上から見たら丸だけど、横から見たら四角に見える。物事は一方から見ていては見えないことが多くある。だから、別の視点でアプローチすれば、意外と簡単にできてしまうこともある。ピアノに限らないけどね。
 だから、ホンの少しでも誰かの役に立てればいい。わざわざHPを見に来てくれるということは、それだけピアノの練習に真剣だってことだと思う。
 できる限り言葉を尽くして説明したいと思っている。わからない箇所は指摘してください。
 わかめはピアノを弾くことが好きだし(いくら運動としてでも(笑))、教えることも好きだ。みんなに楽しみでピアノを弾いて欲しい。
 ピアノの練習は大変だけど、やっただけは自分の財産だ。誰にも盗めない。「千里の道も一歩から」って言葉が好きなんだけど、一歩ずつ進んで行きましょう。

 あ、真面目な話をしたら、肩凝った。


9/4(土)
 久し振りにコンサートに行った。
 以前はコンサートと言えばピアノの独奏ばかりだった。しかしピアノのリサイタルはどうしても純粋に楽しめない。音楽というより先にピアノの演奏テクニックを意識してしまって、わかめにはダメだ。勉強に来たという気分が抜けないのだ。もちろん感動するピアノリサイタルだってあるけどな。
 やっぱ、オーケストラはいい。室内楽もいい。歌やピアノ以外の楽器もいいが、ピアノの伴奏が入るとどうもピアノの弾き方に目と耳がいってしまう。最近は幾分改善されてきたとは思うが(わかめが)。
 今日はちょっと珍しい金管楽器だけのアンサンブルを聞いたが、聞いたことがない曲でもすごくよかった。いい音楽というのは、耳や頭で聞くのじゃなくて身体で聞くんだなと久々に実感。
 質のいい音楽は本当に幸せな気分になる。リラックスできる。こんなコンサートならもっと行ってもいいな。

 ピアノを弾く人はもっとオーケストラを聞いたほうがいい。ホールに足を運んで本物を聞くのが一番いいけど、普段はCDでもFMでもいい。CDを聞くのは自分の練習している曲だけなんてことがないようにな。
 ピアノはオーケストラのすべての楽器の音域をカバーしている。音大に在学中、ピアノのレッスンで、先生が「ピアノはオーケストラのすべての音色を出すことができる」とおっしゃった時には「はあ?」という感じだったが、卒業した後で意味がわかった。もちろん、ホルンの音やヴァイオリンの音がピアノで出る筈はない。しかし、それらしい雰囲気の音色は確かに出すことができる。
 若い頃のわかめのように、この話を聞いて「はあ?」の方は、モーツァルトやベートーベンのシンフォニーをよく聞いてからモーツァルトのピアノソナタ(第1楽章がよい)を弾いてみるといい。ほら、ここはフルートの音、ここは弦楽器の合奏、というようにわかってくるでしょ? 
 え? わからない? まあそういう方はもっとピアノ以外の音を聞いて下さいな。


9/8(水)

 掲示板が絶対音感と相対音感の話題で盛り上がっているので、そのことについて「ソルフェージュ」で書くつもりだったんだけど、まとめるのに時間がかかりそうなのでここで。

 いったい絶対音感とはどういうものなのか。相対音感とは?
 まず音感以外のことで考えてみよう。
 辞書には、「絶対」とは「他にくらべるもの、対立するものがないこと」、「相対」とは「物事が、時・場所・見方によって違っており、絶対でないこと」とある。
 たとえば「あなたはどこに住んでいますか。」という質問に、県や市町村名や番地で答えれば「絶対」、「君のうちから右へ3件目が僕のうちだよ」あるいは「○○駅から南に1Km」と答えれば「相対」なのだ。地球の緯度と経度で答える人は、まあいないと思うけど、本当はそれが一番「絶対」だけどな。
 もう一つ、こっちはよく知っている例だと思うけど、自動車の話。(あるいは電車でも可)
 「この自動車は時速60キロで走行中」というのが「絶対」。高速道路で隣りの車線を走っている車が同じ速度で走っていると「止まって見える」のが「相対」である。
 で、言葉の意味はわかったと思う。
 いよいよ「絶対音感」について。
 「絶対音感を持っている」といってもいろいろなレベルの方がいる。「ただなんとなく音がわかる」人から、「CDの採譜(楽譜に聞いた音を書き取る)もできる」人まで。
 単純に言ってしまえば、ピアノの音を(他の楽器でも歌声でもいいけど)聞いた時、その音がたとえランダムに鳴らされていても、楽器の助けなしに全部ドレミで正確に答えられる人(もちろん黒鍵もわからなければダメだぞ)は「絶対音感がある」と言える。ミとかソ#とか言われた音を常に正確に歌える場合も絶対音感があると言っていい。(この2つは向きが反対なだけで同じことだよ。)
 つまり絶対音感がある人は、楽器がなくても正確に音がわかるのだ。
 ピアノの楽譜は(管楽器の仲間で移調楽器は別なのでピアノと敢えて限定するが)、ミを弾いて欲しいところにミが書いてあるし、ソ#を弾いて欲しいところにはソ#が書いてある。つまり絶対音で書かれているのだ。(音符の位置は番地のようなものである。)それでピアノを小さい頃(4歳とか)から習っていると絶対音感が自然についてしまうのじゃないかと、わかめは思っている。
 絶対音感はだいたい理解してもらえたかな。
 「自分に絶対音感があるのだろうか」と考えている人は、誰かにランダムにピアノを叩いてもらって音を当ててみましょう。全部ばっちり合っていたら「ばっちり絶対音感」、8割くらい当たっていて外れても半音くらいなら「だいたい絶対音感」と言えるでしょう。( これはわかめの命名ですので、公の場所では使用しないように。)
 では、次に相対音感、と言いたいところだけど、疲れたのでまた明日。


9/9(木)
 では、本日は相対音感について
 相対音感とは、絶対的な番地がわからないので「○○さんのうちの右隣りです」というのと同じように、「さっき鳴った音の上隣りの音です」と言うようなものだ。(もちろん本当はこんな風には言わないけど。)

 しかし今日は別の方向からアプローチしてみよう。
 相対音感というのは、一言で言えば、音の機能が分かるということだ。(他の考え方もあると思うよ。でも、ここはわかめのHPだからわかめの好きにさせてくれ。)
 音の機能って何だ? と思われた方。説明しよう。
 音楽には音階がある。音階は様々な種類が存在するが、長音階が一番わかりやすいと思うので、長音階について。
 長音階とは、長調の曲で使われる音を順番に(普通は低いほうから高いほうへ)並べたものである。たとえばハ長調の曲なら、ピアノの白鍵のみでドレミファソラシドとなる。もちろん臨時記号などでハ長調の曲でも黒鍵を使うことはあるよ。でも、今は混乱するので臨時記号の話はなしだ。
 長音階には7つの音がある。今それに説明しやすいように数字をつけてみる。(それぞれが音階の何番目の音なのかということを示している。)

 ハ長調の場合は次のようになる。
 ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド 
 1 2  3  4  5  6 7 1 

 ニ長調の場合も一応書いておこう。
 レ ミ ファ# ソ ラ シ ド# レ 
 1  2  3   4  5  6  7  1
     (相対音感を持っている人の場合は、どちらの場合も1234567がドレミファソラシに聞こえる。)

 音と数字の関係はわかってもらえただろうか。音階の始まりの音が1になる訳だ。(上のドは8ではありませんよ。)

 では、ここからが本題。長音階の機能について説明しよう。
 1の音を「主音」と呼ぶ。主音は音階の始まりの音であり、終わりの音でもある。曲の始まりはなんの音でもOKなんだが終わりは主音で終わることが多い。主音はその曲でいちばん安定した性格の音だ。多くの人が主音を聞くと落ち着いた気分になると思う。
 次に5の音だが、これを「属音」と呼ぶ。属音は、主音ほどの安定感はないが、主音の次に安定した音である。曲の中で一休みする時に多く出てくる。それから属音には、主音を主音と感じさせる(主音の機能を際立たせる)という縁の下の力持ち的な性格がある。つまり、属音がなければ主音もボケてしまうのだ。
 もう1つだけ7の音についても書いておこう。7の音は「導音」と呼ばれる。導音とは読んで字のごとく導く音である。何を導くか。もちろん主音を、である。導音を長く鳴らしていると主音に進みたくなる(これを「解決する」と言う)。このように主音にすすみたいという性格を持つので『主音に導かれる音』と言うこともできる。

 もうわかってきましたね。機能とわかめが言っていたのは、音階の中でその音の持つ性格のことだ。
 つまり、相対音感を持つということは、音楽を聞いたときに「この曲の主音はこれだ」とわかることなのだ。
 その音が絶対音ではファかもしれないしシ♭かもしれないが、相対音感だけを持っていると主音がドに聞こえるので、「この音が(と歌うことができる)この曲の(あるいはこの部分の)主音です」と言えるわけだ。で、その音がレだったらニ長調の曲、ということになる。
 ちゃんと相対音感が身についている人は、すべての音について「この音はこの曲の音階の何番目の(さっきの数字のこと)音だ」とわかる。(つまりドレミ=音階の何番目、となっているので)

 自分に相対音感があるのか知りたい人は、誰かに(自分だと鍵盤を見るので先入観がありダメ)「ちょうちょ」や「メリーさんのひつじ」などをいろいろな調で弾いてもらい、その主音が歌えたら、あるいは全部同じドレミで歌えたら、相対音感があることになります。(ただ機械的に歌うんじゃなくて、本当にそう聞こえてくるというのが大事。)相対音感だけがある場合は、主音はどの調でも全部ドと聞こえる筈、絶対音感もある場合は絶対音はミと聞こえてもそれとは別に音階の第1音と認識できる筈です。
 あるいはテレビから流れてくる音楽の主音(属音でも導音でもいいけど)がわかれば、相対音感がある、と言うことです。ただし調性がはっきりしていることが条件です。現代音楽や雅楽ではいくら相対音感があってもわかりません。
 絶対音感と相対音感は対するものではなく、実際にはどちらもない人もいますし、どちらもある人もいます。絶対音感をお持ちの方は是非、相対音感についてもよく理解されたほうがよいでしょう。相対音感は(絶対音感とは違い)、大人になってからでも訓練すれば身につきます。

 こんな説明でわかるのか? 不安。
 でも、ちょっと別の方向からアプローチしたということを評価して欲しいかも。
 そのうち「楽典の教室」で音階のことも勉強しましょう。「音名」がすんでからだけど。


9/11(土)

 なんとなく眠くて、伴奏の練習中に眠りそうになってしまった。マズイ。

 気を取り直して、相対音感についての補足
 もちろん簡単には説明できないことなんだけど、何か誤解がありそうで落ち着かない気分だった。そして、はたと気が付いた。もしかして、相対音感を持っている人が初めの音から「ああ、これは属音(ソ)ね」と分かるとは思っていないよね? 皆さん。

 絶対音感のある人は、たった一つの音でもすぐに何の音かわかる。だから絶対音感なのだ。比べるものは必要ない。
 ところが、先日勉強したように、相対は「比べるものが必要」だ。だから相対音感では、一つしか音が鳴らなかったら、その音がなんの音かなんてわからない。(ずっと鳴っているとまず主音に聞こえ、そのうちに属音に聞こえてくるらしいが、混乱するのでパス。)
 では、2つの音だったらどうだろうか。
 もちろん、2つの音の距離(これを「音程」という)はわかる。たとえば、はじめにドが鳴る。この時点ではドとはわからない。次にレが鳴る。すると初めに鳴った音と次に鳴った音は『X』と『Xより全音(半音2つ分)高い音』だとわかる(ドとレの距離は「長2度」という)。問題はこの『X』と『Xより全音高い音』という2つの音の組み合わせは、ドレ以外にたくさんある、ということだ。レミもファソもソラもラシもそうである(混乱を避けるために#や♭は無視。音階音だけで考えている)。つまり、2つの音を聞いただけでは、「ドレ」なのか「ソラ」なのかその他の組み合わせなのか、わからないのである。
 3つの音の組み合わせはどうだろう。これはいろいろな組み合わせが存在するが(数学の順列だよ。たとえばドファシとかドラレなど)、今は簡単にドレミについて考えてみよう。
 ドレミと同じ並び方になるものは、ファソラとソラシだ(音階音のみの場合)。さっきよりは候補が減ったことに注目していただきたい。つまり音が増えればそれだけ候補を絞れるのだ。当たる確率が上がってくるとも言える。音が増えれば、といったけど、同じ音はいくつ鳴らしてもダメだぞ。
 結局、相対音感では、ある曲を長く聞けば聞くほど、その調性の音階がはっきり認識できるようになる。うまく調性が掴めない場合には(調性がはっきりしない曲など)、最悪、最後の音が主音だとわかるだけのことさえある。

 相対音感にとって天敵は「転調」である。転調とは曲の途中で調性が変わってしまうことだ。つまりハ長調からト長調へ、というように。
 ハ長調ではもちろんドがド(主音)だ。ところが、途中からソがド(主音)に聞こえるようになる。でも、相対音感で聞いている限り、どちらもドにしか聞こえない。恐ろしいのは、よほど「ばっちり相対音感」でない限り、この転調に気付かない場合が多い、あるいは気付いても何調に転調したのかわからない、ということだ。わかめも例外ではなく、転調されると今何調なのかわからず、聴音ではさんざんだった。

 つい興奮して、転調のことまで書きなぐってしまったけど、この辺りはわからなくていいです。
 でも、相対音感って絶対音感に比べて、聴音ではめっちゃ不利だってわかってもらえました? おかげで自己分析だけはよくしましたから、こんなことも書いちゃったりできるわけですけどね。
 今日はこの辺で終わりますが、また、今度はどう聞こえるかではなくどう歌うかというテーマで、相対音感について書きたいと思ってます。ちょっといつになるかわからんけど。


9/12(日)
 伴奏の仕事も無事終わったので、自分の練習をしなきゃいけないんだけど、雑用で一日が終わってしまった。
 しかし、最近、日記長すぎ。


9/14(火)
 このサイトは明日が2ヶ月目なのですが、その前にカウンタが1000を超えて、感激しています。
 が、しかし、浮かれてばかりはいられないのだ。少し責任を感じてしまうこの頃なのですよ。
 こんな、いい加減なわかめなのに、全く知らない方々になんらかの影響を与えているのかと思うと、ちっと怖い。いや、見に来てくださる方が2.3人ならいい加減でもよくて、100人(そんなにいないって)だとダメって言っている訳じゃないですよ。でも、大勢だとそれだけ影響が広がるかと思うと…、なあ。
 何度も言いますが、わかめはただの街のピアノ教室の先生です。できるだけ誠実に書くように努力していますが、わかめも人間です。間違って思い込んでいることもある(多いかも)と思いますし、自分の意図したことと別のことが、表現が下手なために伝わってしまう恐れもあります。
 ですので、くれぐれもわかめの書いたことを鵜呑みにしないよう、ご注意ください。賢明な皆さんですから、大丈夫だとは思っていますが。


9/16(木)
 楽譜のことは、やっぱり難しいよね。掲示板の書き込みをみると、いろいろ考えてしまうよ。
 「楽譜その2」も来週にはアップしたいですが、わかめの個人的な意見なので、そのつもりで。
 昨日、久し振りに街へ出て楽譜売り場を覗いてみた。音友のチェルニー40番の40番は、やっぱりミスプリが直っていなかったよ。68小節目の左手の1個目の音はシじゃなくてレですよ。(他の出版社はみんなレになっているから、音友が違っていると思う。)


9/19(日)

 昨日掲示板に、譜読みというか音符の読み方の質問をいただいたので、「音楽のお勉強」に音符の読み方を連載(?)しようと思う。
 その前に、いつものように少し。
 一言で音符を読む、といっても、読み方は一種類ではない。簡単に言うと、「絶対的に読む」と「相対的に読む」だ。もちろんこの両方を使って読んでいるんだけど。
 わかりにくい言い方なので、説明しよう。
 「絶対的に読む」というのは、絶対音として読むということで、五線(音符が書いてある五本の線)のそれぞれの位置と音の名前を1:1で覚えて読むことである。一つの音だけを取り出しても、1:1の関係がわかっているので、すぐに何の音かわかる。普通、音符を読むというのは、これだと思われているんじゃないだろうか。
 ところが、掲示板で他の先生が書き込んでくださったように、実際には一つずつ音符を読んでいるわけではない。
 では、どうやって読んでいるのか。
 相対的に読んでいるのだ。
 初めの音は絶対音で読む。次の音はその音の上が下か、隣りか一つ飛んでいるか、あるいはうんと飛んでいるか。(音がすごく離れている場合は、絶対音として読む。)
 そういうことの繰り返しで読む。今のは単旋律だけの話だけど、和音なんかも、一番下(あるいは上)の音がわかれば同じ要領でわかる。
 弾く時にはどうなるのだろう。  たとえば、レを右手2の指(人差し指)で弾いていて次の音が上の隣りの音(この場合はミになるわけだが)だったら、2の上隣りの指(右手の3)を動かして弾くというわけだ。だからミだと認識する必要はないことになる。つまり、そう言うこと。
 絶対音で読むほうが早い場合は絶対音で読めばいいし、相対的なほうが楽なら相対的に読めばいい。
 詳しくは、「音楽のお勉強」で。

 長く弾いているのにちっとも弾けてる実感がない曲を、細部までリズム練習してみた。16分音符の多い曲なので。
 うーん、いいかも、ってな自己満足の気分にひたる。
 しかし、ガンガン弾きすぎて指が折れそうになってしまった。やっぱり日頃からちゃんと練習しないとな。


9/21(火)
 音楽のお勉強に待合室3をアップ。「楽譜その2」です。今までになく長くなってしまったため(それだけが理由ではないが)書いている本人もよくわからなくなっている。でも、分割すると余計に訳がわからなくなりそうなので、このままにしました。ごめん。

 今日は好き嫌いというか、快不快について。
 人間というのは好きなものより嫌いなものに強く反応すると思う。(そんなことはないという方もいるかもしれないが、そういう方は幸せだ。)
 レッスンしている時。
 生徒がわかめの弾きたい(聴きたい)ように弾く部分は違和感がないから全く気にならない。ところがなんとなく妙な(わかめの気に入らないという意味で、単純に間違っているとは断定できないが)弾き方をされると気持ち悪くなる。
 つまり、注意したいところにはすぐに気付くけど、気にならない(文句のない)ところには全然気付かないということなのだ。
 これはわかめだけの特性ではないと思う。誰だって、快いのはせいぜい嬉しいくらいの感情しか持たないだろう。でも、不快なのは我慢できないと思うんじゃないか?
 結局、わかめが言いたいのは次のことなのだ。
 ピアノの先生にちっとも誉めてもらえない生徒の皆さん。誉めてもらえないのはあなた方が下手だからではない。先生も人間だから、「好き」より「嫌い」に強く反応してしまう結果、注意が誉めることを上回ってしまうのだ。だから、そんなことには気にせず練習するように。
 生徒のことをちっとも上手く誉められないと悩んでいるピアノの先生方。原因はあなた方が冷たい性格だからではない。「好き」より「嫌い」に強く反応してしまう結果、注意が誉めることを上回ってしまうのだ。だから、もし上手く誉められなくてもそんなことで自己嫌悪に陥る必要はない。人間はそういうものだと自覚して、少しでも気に入る部分に反応できるよう努力すること。
 わかめ、お前もな。


9/22(水)
 さて、今日はわかめから皆さんに質問です。
 わかめの教室には大人の生徒さんがいるんだが、使う楽譜に悩んでいる。導入は「大人たちの今からピアニスト」っていう教本が気に入っていてそれを使っているんだけど、そのうちそれだけでは済まなくなる。
 今は大人の初心者用の楽譜がたくさん出ているんだけど、どれもこれも「帯に短したすきに長し」(死語)ってな感じで、ピンとこない。それに初心者ではないけど何でも弾けるとは言えない方用の楽譜がなかなかないのだ。
 どなたかこれはお奨めという楽譜をご存知なら、教えてください。わかめの好みに合ったものは採用したいと思います。何のお礼も出ませんが、よろしく。(この件に関しては、いつでもアドヴァイスを受け付けます。)


9/23(木)
 今日は秋分の日。そういう日にわかめは自分のレッスンがあったりするのだ。
 最近眠くて、ダレダレ。レッスンに向かう途中で何度もあくびが出てしまった。まずいなあ、先生の前でこんな状態では。タダでさえHPにうつつを抜かして練習不足なのにさ。
 と思ったが、さすがに先生の前では別人に変身。しかし、変身したのは気分だけで実力は全然変わらず。バッハの暗譜はやっぱりアヤシゲで、音だけやっと覚えたのを見抜かれてしまったし、リストは崩壊する部分、多数。ちょっと細かな練習しなければならないと気付くのが遅かったようで(日記を見ると19日)効果がすぐには表われなかった模様。もっと緻密に練習して、定着させなければ。この曲(一曲だけ)は、なんと11月の初めに演奏会で弾くのだ。ヤなんだけどさ。

 で、帰りにたらみどっさりヨーグルトデザートを買ってしまった。この前初めて食べてからずっと食べたくてやっと買ったのだ。でも、1ヶ月後にはわかめのことだから飽きているに違いない。
 実は、わかめは飽きっぽい。飽きずに続けているのはピアノだけかも。日記がこんなに続いているのさえ、不思議。わかめのHPを支えてくれている皆さん。皆さんのおかげでこのページは続いているのですね。(なんて、まだ2ヶ月しか経っていないのに言うセリフではないな。それより書くことがなくなる恐れが・・・。)


9/29(水)

 さて、掲示板にまむし指の質問があったので、ここに書いておきます。
 まむし指というのは、ピアノを弾く場合には、特に親指の付け根がへこんでしまうことを言う。親指の付け根部分が手の平のほうにくっついてしまうので、指が充分に開かないことが問題になる。特にオクターブを弾こうとする時にまむし指のままで無理に指を開くと親指の付け根が痛くなってしまう。少なくともわかめはそうであった。
 そうなのだ、わかめはまむし指だったのだ。でも、先に言っておくけど、わかめのまむし指は直りましたよ。だから全国のまむし指の皆さん。少し努力すれば、あなたのまむし指は絶対に直ります
 で、どうやって直したか、説明しないとな。
 わかめの親指は手を広げなくてもペコンと付け根がへこんでいた。
 それで、ハノン(1番〜30番など)を片手で弾く時、もう片方の手の人差し指を、付け根部分に引っ掛けて支えて、へこまないように練習した。右手の場合なら、左の人差し指を右の親指の付け根に引っ掛けて、斜め左の方向に引っ張るようにするのだ(付け根の部分を手の平から離す感じ。間違っても押してへこませてはいけない)。
 もちろんそんなことをすると弾きにくい。でもそうやって毎日練習したり、練習していない時にも暇さえあれば(これはウソ、気がついた時には、が本当)親指の付け根を手の外側(自分の身体のほう)に引っ張ったり、親指を握って付け根の関節を出すようにしていた。
 そうやっているうちに、少しマシになって、手を開かなければ自力で(もう片方の手で支えなくても)親指の関節が出るようになった(まむし指にならなくなった)。でも、オクターブを弾くとダメなのだった。へこんでしまう。
 で、次にやったのは、オクターブを弾く時に、親指の指先に力を入れてへこまないように支えることだった。もちろんすぐには上手くいかないので、前と同じように、反対の手の人差し指で親指の付け根を支えながらハノンのオクターブの練習をした。でも、一度支えなくてもへこまないようにできると、力の入れ具合がわかってくる。だんだんへこまなくなる。初めはいつも親指の付け根や親指全体が緊張していたけど、だんだんへこまない形が定着してくると、力もそんなに要らなくなる。
 と、わかめの場合はこんな感じだった。
 個人差もあるだろうが、大事なのは、次の3つ。親指を手の平からできるだけ離すこと(付け根から離す。そうしないと意味がない)。親指の付け根の関節を出すこと。親指の付け根あたりを柔らかくしておくこと(親指と人差し指の間の水かき(?)の部分もマッサージする)。
 まとめると。
 ピアノを弾く時(もちろん片手練習の時)は、反対の手の人差し指で、関節を出すように、手の平から親指の付け根を離すように、引っ張って練習する。
 自覚的に練習すれば、まむし指の程度にもよるけど、1ヶ月くらいで効果があらわれるだろう。半年かければ、定着すると思う。3ヶ月たっても効果がない場合は、やり方が間違っている可能性が高い。ただし、小さな子供の場合は骨格がちゃんとできあがっていないので、もっと時間がかかると思うけど。


9/30(木)
 リストをガンガン弾いていたら、腕と指がフォルテの和音を支えきれないことが判明。マズイなあ。弾きはじめは支えられてるんだけど、弾き続けているともたなくなるのだ。
 わかめだって、ちゃんと毎日ハノンを1時間ずつ弾いて、その他に3時間くらい練習しまくればこんな和音くらいへっちゃらなのはわかっている。でも、わかめにそんなことが実行できると思うかね? 
 当然できないさ(威張るなよ)。ダンベルでもやって鍛えないとダメかなあ。わかめの白魚の指では、リストは無理なのかしラン。
 ああ、しかし、本当にピアノという楽器は女の身では上手く扱えないものだよ。男はいいよなあ、力があってさ。

 1999年7月・8月 /  1999年10月


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